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うそとまことと 小説

第4話 事件

 ミクを見送った後、都筑は琴を連れてビルの駐車場に向かった。
 仕事で使用中の軽トラを停めてあるのだ。
 むっとした、圧縮されたかのような空気感。
 時間も遅いため、人の気配はなかった。二人の靴音が響き渡る。
 彼女の家の最寄り駅か、彼女が指定する場所で良いだろう。
 おちゃらけたラジオでも流そうか、と考え、助手席に乗せていた細かい資材を後ろに移動させる。
 幸いシートは傷みが少ない。
 琴に乗るよう言って、都筑は運転席にまわる。
「どこまで送れば安心出来る?」
「えーっと……」
 琴は最寄り駅らしい駅名を言った。
 シートベルトをつけ、走り出す。
 ちかちかとまぶしい信号の光。
 車のヘッドライトにテールライト。
 行き交う人々はスーツだがどこかくだけた雰囲気で、飲みに行くのか、遊びに行くのか。
「……撮影は順調?」
 話題に困り、つい仕事の進捗具合を訊いた。
 琴は緊張しているのか疲れているのか、それとも落ち込んでいるのか、少し反応が鈍いが返事した。
「はい……予定通りです」
「そうか。何か聞きたいラジオはある?」
「……洋楽とかが良いです」
 琴のリクエストに応え、ラジオの電波を変える。やがて時間に合った、ゆったりした古い洋楽が流れ始める。
 確か、古い映画の歌。
「古い歌ですよね」
「映画だったか、これ」
「確か、そうですね。戦時中の……?」
「ああ、そうだ、それだ。白百合」
「見たことありますか?」
「ないな……ストーリーをなんとか知ってる程度。有名な台詞は知ってるけど」
「なんですか? それ」
 琴の反応に都筑は目を丸くした。
 白百合の名台詞を知らないとは。
「ジェネレーション・ギャップかな。『君の瞳に……』って、知らない?」
「……初めて聞きました」
「そうなのか。うーん。そういえば君はまだ若いんだよな」
「そうですね。24です」
「……10歳も離れてたのか」
「都筑さん、34歳?」
「そう。君から見たらおっさんか」
「都筑さんはおっさんじゃないです。お兄さんです」
「それは良かった」
 琴がようやく表情を和らげた。
 肩の力が抜けたのか、頭をシートに預けて深く息を吐き出した。
「疲れてるみたいだけど」
「撮影がずっと長引いてて、休憩が減ってたんです。予定に合わせたから仕方ないけど、流石に疲れました」
「弁当を無理してるんじゃないよな」
「あれは、ううん。料理をしてると落ち着くんです。だから大丈夫」
「なら良いんだけど……たまには休んだ方が良いよ。好きなことだとしても」
「……はい。あ、でも、明日は普通に撮影も休みです」
「そう」
「……都筑さん、仕事中だったんじゃないですか? 電話した時……」
「あぁ、それは問題ないよ。気にしなくていい」
「……ほんとに?」
「本当に」
「なら良かった……」
 会話が途切れる。
 ゆったりした映画の洋楽特集なのか、いつか聴いたナンバーばかりだ。
 窓の向こうは電飾のきらびやかな世界。
 琴はそれを見つめるようにしていた。
「ワンピース……」
 琴が呟いた。
「ミクさんがくれたものなのに……ちゃんとしまえば良かった……」
 刃物で切り刻まれたらしい、白の柔らかそうな服が都筑の脳裏に蘇る。
 ワンピースだったのか、と都筑は思った。
 上下つながっていたとわからないほど、ばらばらだった。
「君のせいじゃないだろ」
「はい。でも……物がなくなるのは知ってたし、皺になったら、なんて、家でアイロンをかければすんだのになぁって」
「……スタジオも色々手入れが必要かもしれないな」
「かもしれません……」
 琴ははあ、と大きく息を吐き出す。
 ちら、と見れば目尻に光るものがあった。
 泣き出さないのは良いことなのかどうか、都筑には分からなかった。

***

 彼女の言った駅についたが、琴が動く気配はない。覗き込むようにすると、目を閉じ、ゆっくり胸元と腹部を上下させている。
 眠ってしまったらしい。
「上原さん、着いたよ」
 そう声をかけるが、全く反応がない。
(まずいな。ホテルに連れて行く? 書き置きでもすれば大丈夫か)
 そう考えるが、近くにあるのはカプセルホテルだ。しかも満室らしい。
「上原さん」
 もう一度声をかけるが、琴はガラスに頭を預けて器用に寝たまま。
 疲れたような寝顔に都筑はいよいよ困る。
 男ならこのまま放っておくが、若い女性だ。
 考え抜いて、都筑はトラックを走らせることにした。

***

 都筑が向かった先はjin's kitchenだった。
 トラックを駐車場に停め、電話をかけるといつものクールな口調が応対する。
「はい、jin's kitchenです」
「こんばんは、都筑ですが」
「ああ、こんばんは。今日来られるんですか?」
「なんていうか……ちょっと頼みがあるんだ。オーナーはいる?」
「今忙しそうですね。折り返し電話させますけど……って、今そこにいます? 軽トラ?」
「ああ、そう。ちょっと困ってるんだ」
 佐山が外に出てきた。
 都筑が事情を説明すると、佐山は光香に話をしに行った。
 やがて光香と佐山が揃って出てくる。
「申し訳ない」
「いいですよ。酔っ払い客よりマシですから。あ、彼女ですか? 寝ちゃったの」
「そう。ホテルに預けようかと思ったけど、流石に都会は満室だった」
「こんな時間まで働かせるのも考えものですよね。まあ、うちは……仕方ないけど」
 光香が言うと佐山が肩をすくめてみせた。
 都筑は佐山に軽トラの鍵を渡すと、眠ったままの琴を横抱きにした。
 髪がさらさらと胸元に流れる。あがった体温のためか、柔らかい香りがした。
 光香がドアを開けて誘導する。
 都筑は横になれるよう並べられたソファに彼女をおろす。
 着ていた薄手のジャケットを肩にかけてやり、戻ってきた佐山から鍵を受け取る。
「ありがとう、二人とも」
「いえ」
「いいえ。常連さんの頼みですもの~って、まあよく眠ってらっしゃる」
 光香は奥からブランケットを持ってきて、琴にかけてやっていた。
 夏とはいえ夜、冷房のきいた部屋では体が冷えてしまう。ようやく都筑もほっと胸をなで下ろした。
 しばらく休めば起きられるかもしれない、そう考えて、ここに連れてくることにしたのだった。
 それに確か、この店では終電を無くした女性客を泊めていた気がする。
「どうしたんですか?」
「何なに?」
 興味を惹かれたらしい客の何人かがちらちらと都筑達を見ている。
 琴を寝かせるためにソファを動かしたのだから、当然だろう。
「仕事先の子なんだけど、疲れがひどくてね。しばらく休ませようと思っています。ご迷惑かもしれませんが、そっとしておいてもらえると助かります」
「あー、大変だね」
「分かる~。疲れてると車って寝ちゃうよね」
「静かにってば」
 理解が得られたようで、都筑は彼女のそばに腰をおろすと再び礼を言った。
 メニューを開き、時計を見る。
 もう22時を超えていた。
「ラストオーダーかな」
「すいませんが、そうなります」
 佐山はそう言ったが、まわりに聞こえない小さな声で「一応はですが」と付け足した。
 都筑はその言いぐさに口元を緩める。
「ありがとう」
「いいえ。オーナーがまあ、あんな感じですから。気にしなくていいんじゃないですか。たまにいますよ、寝ちゃってそのまま泊まるお客さんも」
「そう。フリーダムだな……ありがたいけど」
「若い女性客多いですから、オーナーはそういうの受け入れてるんです。ただの酔っ払いは放り出すって言ってますけど」
「オーナーらしいな」
 都筑はほっとして笑う。適当に料理を頼み、水を飲んだ。
 視線を落とせば、ほとんどメイクもとれた琴の寝顔が目に入る。
 ゆったりとした呼吸を続け、起きる気配はまるでなかった。
「可愛い。安心しきってるみたい」
 光香がカトラリーをテーブルに置いて、琴を見るとそう言った。
「全然起きないなんて、よっぽど疲れてるんでしょうね」
「かもしれない。色々あったから……」
 ワンピースの無残な姿を思い出し、都筑はわずかに表情をくもらせる。
「色々……何かありました?」
「色々ね」
「ああ、そうか。あの子ですか? しつこく誘われてて……都筑さんが恋人のふりをしてあげてる?」
「そう、その子。しつこく誘われるだけならまだしも、彼女が勤めてる先でいたずらがひどくて」
「やあねぇ……って感じですね、仕事場では仕事をしてろって話ですよ。彼女の分はどうしましょうか。まだ起きそうにないし、軽食でも作っておきましょうか?」
「気を遣わせて、本当にすまない。そうしてくれると助かる」
「泊まることになりそうなら早めに言って下さいね。鍵とかかけなきゃいけないので」
「わかった。ありがとう」
 光香はキッチンに戻り、料理を持つと別のテーブルに運ぶ。
 3人連れの若い女性客だった。都筑達が気になるらしく、ちらちらと視線を感じる。
「都筑さんの彼女?」
「らしいよ。仕事先で色々あったみたい」
「頼れる人がいるっていいなぁ」
「まぁまぁ、いいから。はいお食べ」

***

 店の照明が落とされる。
 間接照明だけが残されていた。
 外は暗いが穏やかな空気が流れていた。
 結局琴は目覚めず、光香が気を遣って「ここに泊めたら良いですよ。運転大変だし、都筑さんも一緒にどうぞ。目覚めたとき知らない場所で一人じゃ怖いでしょ。防犯カメラあるから、えっちなことしちゃダメですよ~」と言って佐山と帰って行った。
 深夜3時。
 都筑は琴と離れた位置のソファにゆったり座って目を閉じていた。
 琴の髪の感触が胸元に残り、思い出すと花のような香りが鼻腔の奥に蘇る。
(参ったな)
 ワンピースをもらって、嬉しかったのかもしれない。それが切り刻まれて、そうとう落ち込んだのだろう、表情豊かだが泣いたところは初めて見た。
 エレベーターに閉じ込められた時ですらそんなそぶりを見せなかったのだ。
 照れたように頬を赤くし、にこにことよく笑って、張り切った様子で弁当を広げる。
 思い出されるのはそんな姿ばかりだ。
 彼女に惹かれている、と気づくのにそれほどはかからなかった。
 あまり派手におしゃれをしている印象はなかったが、髪がほどけた瞬間にはどきりとしたし、確かにあの白いワンピースは柔らかそうな印象で、彼女によく似合っただろう。
「はぁ……」
 なんともやりきれない。
 それを吐き出すかのように大きなため息をついた。

 

次の話へ→第5話 自覚無自覚

 

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