うそとまことと 小説

第3話 疑似恋愛

 

「こんばんは」
 光香が忙しそうにホールを移動しながら、都筑の姿を見ると挨拶をした。
 小さな料理店だが二人で回すとなると重労働だ。
 いつも閑古鳥ではないが客はまばら。満席は珍しいことだった。
「どうも……いや、今日は帰るかな。また来るよ」
「こっちどうぞー!」
 手をふって迎えたのは彼の隠れファンの女の子達だ。といっても都筑本人はファンの存在など知らないが。
「呼ばれてますよ」
 光香はからかうような声でそう言うが、都筑が手で拒否を示すと「あはは」と笑った。
「遠慮するよ。また明日」
「はい。お待ちしております。あっ、そうそう。その後あの子、どうなりました?」
光香の質問に都筑は珍しく表情を固くし、腕を組むと息を吐き出して口を開く。
「恋人のフリをすることになった」
「ほぉーう。それはすごい」
「負い目があったから、自分のためというのが本音だけどね」
「負い目ねぇ。良かったらうちの店にも連れてきて下さいよ。会ってみたい」
「まさか。駅ならともかく、完全に食事目当ての場所じゃ、下心ありと思われる」
 光香と都筑は年が近いこともあってか、お互いに遠慮を挟まない。
 光香は都筑の言うことに笑って、「それは確かに!」と返した。

***

 都筑は事情を井上に話した。
 井上は「すごい展開になりましたね」となぜか目を輝かせている。
「ドラマじゃないんだから」
「良いじゃないっすか。けっこうある話らしいですよ。あ、指輪でも渡したらどうですか。そうすれば上原さんも他で声をかけられにくくなるんじゃないですか?」
「その知恵がもっと早く欲しかった」
「上原さんのことが嫌なんですか?」
「嫌じゃない」
 だから問題なのだ。

***

 幸い、沖は大人しくしていた。
 琴を諦めたのかは分からないが、騒ぎになる一歩手前だったのが堪えたのだろう。
 一般人がいる前で女性を口説いてマスコミに知られれば……メンツを重視する沖はそれをわきまえている。
 とはいえ彼は生粋のハンターだ。
 かなりねばって落とされたスタッフもいるらしい。

***

「都筑さんとはどこで知り合ったの?」
 ミク、カリナ、辻と琴。
 いつもの4人でメイクルームに集まり、肌の調子を整えながらそんな話をする。
「隣のビルです。その……ちょっと迷っちゃって。都筑さんが入り口まで案内してくれたんです」
 琴はエレベーターの話はせず、都筑のことをかいつまんで話した。
「いいな~イケメンだし」
 カリナが足をぱたぱたさせてそう言った。
「カリナちゃん、まだ恋愛御法度?」
 琴が訊けば、カリナは笑みを浮かべて答える。
「の時期は終了。アイドル卒業したし」
「24歳だもんねぇ。したいよね~恋愛」
 そういうミクもまだ26歳だ。大人っぽく見られるため忘れそうだが、年は近いのである。
「ミクさんは?」
 琴がそう訊くと、ミクは明後日の方を向く。
「もう遠い昔よね……」
「干しアワビですね」
「辻さん、きついっ」
「まだ若いから、いくらでも戻ります」
 琴とカリナは見合わせた。
「「干しアワビ?」」
 二人が分からない、と言うと、ミクと辻がなぜか口元をにやにやさせる。
「ド下ネタだよ」
「分からないって言ってる方が可愛いですよ」
 琴とカリナは再び見合わせ、肩をすくめる。
「まぁいいや。ねぇ琴さん、今度あたしのメイクをして欲しいな」
「えっ、カリナちゃんの? いいの?」
「うん。写真集撮る予定なんだけど、色々イメージ変えたいよねって話してて。ミクさんの見ててやって欲しくなった」
 カリナの申し出に琴は目を輝かせる。
 何せ今のカリナは大人に向かおうとしている美少女、という雰囲気だ。
 色白の肌にぱっちりした目。
 イメージを変えるならどうするだろうか。
 すぐに頭の中で着せ替えごっこならぬメイク替えごっこが始まる。
「やりたいやりたい! カリナちゃんのメイクしてみたい!」
「やった、ミクさん、琴さん借りますね」
「OK。後で返してね~」
「どんなにしよう。カリナちゃんらしい綺麗が良いよね」
「わーい! すごい楽しみ~」

***

 休憩時間がやってきた。
 都筑はスマホに琴からのメッセージが来たのを確認し、井上に言うとその場を離れる。
「頑張って下さーい」と井上の謎の声援を受けながら、琴が待つスタジオのコーヒーショップへ向かう。
 琴は見えやすいテラス席におり、都筑を見つけると立ち上がって手を振って迎えた。
「待たせましたか?」
「いいえっ! 時間は大丈夫でした?」
「大丈夫ですよ。作業は順調ですから……ん?」
 都筑が視線を滑らせると、帽子を深くかぶったショートカットの女性と、濃いブラウンの髪をアップにした女性の姿が。
 テーブルを一つ挟んで座り、新聞を逆さにして、こちらの様子を窺っている。
「……何か?」
「バレちゃった~」
「さすがリスク関係者ですね」
「二人とも……」
「邪魔するつもりはなかったんだけど。気になるじゃん?」
「潤いが欲しいんです。お裾分けして下さい」
 都筑は額を抱える。
 どうにも好奇心旺盛な女性二人だ。はっきり言って女性陣は集まると面倒である。
 琴を連れて離れよう、そう決めた。
「行きましょうか、上原さん」
「あ、はい」
「ちょっと待った待った!」
 ミクが止めた。
「他人行儀ですよ」
 ミクの指摘に都筑は自身と琴とを見た。
「そうですね。皆の前では名前で呼んだ方がいいです。敬語もなしで」
 辻もそう付け加えた。
 なるほど、と納得した都筑は琴を見つめると「じゃあ行こう」と短く言った。
 すると琴はすぐに顔を赤くした。
 再び歩き出すと、辻が指示を飛ばす。
「琴さん、腕くらい絡めて!」
 琴はおそるおそる都筑の腕に手を伸ばし、袖をつまんだ。
「なんかすいません……」
 顔を赤くしたままの琴がそう呟くように言う。
 見下ろせば、すっきりした目元に長いまつげが見える。
 いつもながら彼女のメイクはナチュラルだ。
 主役より目立ってはいけないからか。
 しかし、その頬が赤いのは二人の指示のためか、と考えて都筑はふっと笑う。
「ずいぶん可愛がられていますね」
「……はい。ありがたいです」

***

 都筑と向かったのは和食の店だ。
 気軽に入れる玄関の広い店で、靴を脱いであがるため不思議と落ち着く。
 掘りごたつタイプの座敷で座り、メニューを開く。
「いつも外食ですか?」
 都筑に問うと、彼は首を捻った。
「食べない時もあります……いや、あるよ。大体はコンビニで済ませたり。夜は遅くなったら行きつけの店に行く」
 都筑は口調を改め、そう答える。
「食べないんですか?」
 琴は心配になり、眉をよせた。
「時間が無かったりするとね、そうなるだけ。無理に抜いてるわけじゃないよ。そうか、昼食を一緒にするなら、予算も考えないとな……」
「あ、今日は割り勘ですよね?」
「今日は払うよ」
「えっ、でも」
「今日は良いんだ。給料日だから。後輩にもおごったりするから、深い意味はないよ」
「そう……いうものですか?」
「そういうものだと思うけど」
 店員がやってきて注文を取る。
 都筑は天ぷらそばを、琴はきつねうどんを頼んだ。
 都筑はスマホを取り出し、メッセージの有無を確認するとそれをしまう。
「あの。良かったら私、お弁当を作るので、都筑さんの分も用意します」
 琴の申し出に、都筑は顔をあげた。
「手間になる」
「一人分と二人分はあまり変わりませんし……作る日は連絡します。その……協力してもらってるお礼に」
「……」
 都筑は黙り込んでしまった。
 琴は要らぬ申し出だったか、と口を噤む。
 すると。
「じゃあ、頂こうかな」
「お、美味しいかは、わかりませんが!」
「うん、まぁ、そうだけど……正直有難いよ」
「はい! じゃあ、明日、早速。何が食べたいですか?」
「頑張らなくていいよ、疲れるだろ?」
 都筑は表情を和らげる。
 彼は好き嫌いはないらしく、アレルギーはグリンピースとチコリということだった。
 琴はほっとした心地になって、運ばれてきたうどんも美味しく食べることが出来た。
 期間は撮影のある2ヶ月間。
 都筑の今の仕事が終わるのは3ヶ月後で、すれ違いの心配はなさそうだった。

***

 仕事が終わると都筑に見送られ駅に着き、帰りのスーパーで材料を見繕う。
 食材を食べきれず腐らせてしまう事もあったが、二人分だ。その不安は減る。
 しかし男性の食べる量など知らない琴は、いつもよりも倍の時間をかけてスーパーをぐるぐる巡ってしまった。
 家につくと足がだるい。
「疲れたぁ……」
 だが気分は良かった。
 ほくほくした気分でシャワーを浴び、ソファベッドに潜り込む。
 都筑は喜んでくれるだろうか。
 そんなことを考えながら眠りにつく。

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