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うそとまことと 小説

第11話 はじめてのデートを

2020-10-01

 

 翌朝、琴は下着や服を洗濯乾燥機で洗濯中のため都筑のシャツを借りていた。
 洗濯機の可動音が聞こえるリビングで、琴が買ったパンを食べる。
 トーストされたそれはリンゴの酸味に甘みと、紅茶の風味が口の中に広がり、パンの柔らかすぎないさくさくふんわりとした食感が、評判通りのおいしさだった。
「美味しい」
「美味いな」
 食べ終え、食器を片付けているとシャツの袖がずり落ちてくる。
 驚く程ぶかぶかで、袖をどれだけ巻いたか。改めて体の違いを知る。
 シャワーを浴びたため、髪は半乾き。
 下着も持っていないためとても外には出られない。留守を頼まれた。
「俺は仕事だけど、今日はただのチェックだからすぐ帰る。……どこか行こうか」
 一人で都筑の家にいるのか、と琴は残念に思ったが、都筑の誘いに顔をあげた。
「じゃあ、あのお店に行きたいです」
「あの店?」
「あの、美人のオーナーさんの……泊めてもらった……jin's kitchen?」
 琴の提案に都筑は頷いた。
「そうだな、世話になったし……何か持っていこうか。帰る時は連絡するから」
「はい! あっ、都筑さんの家にいるけど、何か触っちゃだめなものとかありますか?」
 琴の質問に都筑は部屋をぐるりと見渡す。
「特にないかな……ああ、あのデスクは仕事のが積んであるから、そこは触らないように」
都筑が示した場所を見ると、確かに書類や本の山だ。
「はい」
「琴」
「はい?」
「名前」
「……? あっ、はい。普さん」
「よし。じゃあ、準備してくる」
 都筑は立ち上がり、鞄の開くと中をチェックした。
「あの……服が乾いたら、シーツも洗いますか」
 昨夜にかなり汚したはすだ。琴は髪をかくようにして照れをごまかす。
「ああ、そうだな。頼むよ」
 都筑が洗濯機の使い方をメモ書きし、琴に渡した。
 都筑は改めて琴を見、「絶対に外に出ないでくれ」と念押しする。
 琴も流石に恥ずかしくて出られない。頷いてみせると都筑は額に口づけた。
「冷蔵庫にあるものは全部好きにして良いから」
「はい」
 都筑は寝室に戻った。
 着替えてくるようだ。
 琴は座布団に座り、きょろきょろと見渡す。
 全くシンプルで、無駄な物がない。
 趣味なのか大きなスピーカーや、アウトドアグッズらしきものがある程度。
 キッチンは必要最低限の調理器具が見える。
 都筑は動きやすそうな格好に、軽そうなジャケットを羽織ってリビングに戻ってきた。
 鞄を持つと、テーブルに置いてあったキー・ホルダーをポケットにしまい、もう片方のポケットから何もついていない鍵を取り出した。
「……スペア・キー。ドアの上下締められるやつだよ。持ってて」
 琴は鍵と都筑とを交互に見た。
「良いんですか?」
「もちろん」
 琴は鍵を見るとにまにまする。
「嬉しいなぁ。何か恋人って感じ」
「恋人だからな。じゃあ、行ってくる」
 都筑が顔を寄せた。
 琴が目を瞑ると、啄むようなキスをする。
 ドアに隠れるようにしながら都筑を見送る。
「行ってらっしゃい」
 そう言うと、都筑が笑みを見せて手をふった。

***

 一人部屋に残ると、窓の向こうを見た。
 穏やかな青空だった。
 洗濯を終えて、琴は着替えると鏡を見た。
 化粧をしていない顔は幼く見えるが、都筑が気にした様子はなさそうだった。
 仕事は休みのため、琴は暇だ、と脚をぶらぶらさせる。
 一人でいることは琴にとって苦痛ではなかった。 元々一人でも大丈夫なタイプで、外でも見ていればなんとなく落ち着く方である。
 とはいえ恋人といえど初めて入る人の家だ。さすがに緊張はする。琴は気合いを入れるように耳たぶを揉む。
「よし……」
 カリナの男装メイクの研究でもしようか、はたまたミクの新作だろうか。
 色々考え、タブレットを取り出すとイメージを書き込み始めた。
 昼近くになると、メッセージが入った。
 都筑からだった。
【いきなり一人にしてすまない。今日は4時には終わる。店に6時ごろの予約をしたから、気長に待っててくれ】
 相変わらずシンプルな内容に琴は頬を緩める。
【分かりました。焦らないで帰ってきて下さい】
【わかった】
 琴はスマホを置いた。気づくと12時少し前だ。昼ご飯にちょうど良い時間である。
 都筑は好きにしていい、と言っていた。琴は冷蔵庫を開ける。
 やはり必要最低限といった感じだ。
(普さんてミニマリスト?)
 見つかった冷凍うどんと出汁の素、醤油を見つけて素うどんを作る。
 鍋も箸もわかりやすい。
 皿も少なかった。
 ペアのマグカップ……はなかった。
 琴はなんとなくほっとする。
 男女の付き合いに慣れていない状態で、元カノの名残を見つけると心臓がパニックを起こしそうだ。嫌というより、どうして良いか分からないという感じだ。
 昼食には見つけた割り箸を使うことにした。
(うーん……物が少ない……)
 テレビをつけ、バラエティを見る。
 都筑の家だというのに、なぜか物足りない。
 琴の家も似たようなものだが、何かよそよそしい感じがしたのだ。
 昼食を食べ、タブレットで仕事の準備をしていると、やがて都筑が帰ると言った時刻になっていた。
 琴はうきうきした気分になり、メイクを始めた。

***

 都筑は琴をともなって、マンションの地下駐車場におりた。
 自家用車はシティ向きのシンプルな軽。
 琴が助手席に乗り、シートベルトを締めるのを確認してから車を走らせる。
「つづ……普さん」
「ん?」
「普さんてミニマリスト?」
「みに……何?」
「えっと……必要最低限の物しか置かないタイプ?」
 都筑は眉をあげた。
「いや。趣味はあるし、それのセットはあるよ」
「でも家、何もなかったような気がして」
 琴の質問に、都筑は思い当たって頷いた。
「ああ……引っ越しを考えてて。それで要らなくなったものを処分したり、片付けて納戸に仕舞ってるからだ」
「引っ越し?」
 琴が声を弾ませた。
「良いなぁ。どんな所ですか?」
「まだ決まってないよ。出来れば都会寄りの田舎がいいかな、と思ってる。土地は色々見てるけど、まだ良いと思うところがなくて……」
「へぇ~」
「一軒家で、庭は……あると良いけどな。そろそろ買おうかと」
「家を買う! すごい……」
「君も興味あるの?」
「ありますあります! 今住んでるとこは賃貸だし、お金貯まったら出て行くのが普通、みたいな。良いな。私もお金貯めなくちゃ……」
 都筑はふっと笑った。
 付き合い始めたばかりで、彼女は若い。
 だからなのか、一緒に暮らすなどの考えがないのが微笑ましかった。
「なんですか?」
「何も。君も……そうだな、ゆっくりでいいか。家を探すのは」
「え? 新しい家が出来たら見たいのに」
「無邪気だな、君は……」
「良いな~。私新しい……中古のバイクも欲しいな。うーん……どれだけ稼げばいいの……」
 家賃に、バイクに、新しい化粧品に、と琴は指折り数えていた。
 都筑は考えを改める。彼女との付き合いが深まったら、二人で家を探しに行くのも良いかもしれない、と。
「ちょうど良かったのかもしれない」
「ん?」
「なんでもない」
 琴は楽しそうだ。
 窓やフロントガラスからの風景を見ている。
「一軒家なら、ペットとか……都筑さん、猫と犬、どっちが好き?」
「どっちも」
「どっちも?」
「君は?」
「どっちも」
「一緒じゃないか」
「どっちも可愛いです!」
 目を細めて笑う琴は、やはり無防備で無邪気だ。
 出逢ったばかりのころは華奢な見た目にしっかりした女性という印象だったが、親しくなるにつれ見せる、ころころ変わる表情は可愛らしい。
 なるほど仕事仲間にも好かれるはずだ。
「キャンプみたいなのが置いてましたよね」
「ああ、趣味でね。被災の時にも使えるから、実益兼ねてってやつかな」
「キャンプ行ってみたいです。どんな感じですか?」
「そうだな……行ってみたらわかるよ。まとまった休みが取れたら行こうか」
「約束ですよ。でも私休みが不定期だから……ずれるかも。そうだ、だから時間が合わないかもしれないんですよね。逢いたくなったらどうしよう」
「連絡手段はあるし、なんとかするよ」
 琴は不安げにしたが、都筑はあまり不安に感じていなかった。彼女を束縛しようと考えられないからかもしれない。
「なんとか……」
 琴が覗き込んできた。心配なのかもしれない。
「なんとかするよ、大丈夫。それより俺ばかり答えてない? 君の話は?」
「ええ~。だって色々聞きたい……」
「焦らなくていいから」
「……はーい」
 30分ほど走らせると、jin's kitchenについた。
 他には3台ほどが停車していた。
 客の姿もちらほら見える。
「やっとここのディナーが食べられる」
 琴は嬉しそうにしていた。
 都筑はロックすると店のドアを開け、琴に入るよう促した。
 夕暮れ、空の青さが残る中、店内の落ち着いた照明はほっとする安心感に包まれるものがある。
 佐山が顔をあげた。
「いらっしゃいませ。ご予約席ご案内です」
「あ、いらっしゃいませー!」
 キッチンから光香が顔を出す。
 佐山に案内され、奥のどことなくプライバシーが守られるテーブル席につく。
 観葉植物が壁になって、周りのテーブルからの視線をごまかしているのだ。
「見慣れない席だな……」
「お二人で来られるので、こちらに」
 佐山は丁寧だがどこか含みのある言い方をした。クールだが気の利く男である。
「デート用に?」
「そういうことです。ごゆっくりどうぞ」
「ちょっと待った。オーナーの手が空いた時でいいんだ、これを」
 都筑は琴と二人で選んだ、紙袋入りの贈答用トイレットペーパーを佐山に見せる。
「渡したいんだ。会計時が良いかな」
「あー、そうですね。その時に」
 佐山がメニュー表を差し出す。
 琴にはバーガンティの表紙、都筑には紺色の表紙。
 つまり値段の書かれていないものが彼女に渡されたのだ。
「ありがとう」
「いいえ。小さい店だけどこういうのも大事ですから」
「佐山くぅん? 嫌味~?」
 顔を出した光香が半眼で佐山を睨む。
「こんばんは」
 光香はにっこり笑い、佐山をキッチンに押し込むと意味ありげに琴に向かってウィンクする。
「こんばんは。あの、お世話になって、お礼になるかなと思って」
「後で渡せばいいかな」
 都筑がトイレットペーパーの入った袋を持ち上げると、光香は眉を開いた。
「良いのに~。でも有難いからもらっておこうかな。今は手が空いてるから大丈夫ですよ」
 光香は袋を受け取った。覗いて笑みを浮かべる。
「やったー、これいい香りのやつだ~」
 光香は喜んでみせた。
 琴はほっとした様子でにこにこしている。その頬は少し赤い。
「良かった、喜んでもらえて。あの、オーナーさん。ありがとうございました、色々……」
「いいえぇ。気にしないで下さい。年々お節介になってくだけなんです。つまり自己満足」
「でも嬉しかったです。一人だったらへこたれてたかも……」
「あたし優しくしたい子には優しくするんです。そうでない人は追い出すだけだし。さっきも言ったけど、あたしがしたいことをしただけだから、気にしないで下さいね」
 光香が袋を持ち上げ、歯を見せて笑うと奥へ戻っていった。
 都筑は琴を見て、首を傾げた。
「……そんなにオーナーと話をしてたっけ」
「え? ああ、あの後色々あって。一人でここにたどり着いたっていうか……」
「一人で?」
「はい。それでまた一泊させてもらったんです。オーナーさんに話を聞いてもらって、励ましてもらって……」
 琴はそこで言葉を切ると、恥ずかしそうに視線をそらした。
「えへへ」
「? まあ、君が元気になったんなら良いか……。話したくなったら聞かせてくれ」
「はい」
 都筑はメニューを開く。

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  • この記事を書いた人

深月カメリア

ライター:深月カメリア 女性特有の病気をきっかけに、性を大切にすることに目覚めたXジェンダー。以来、性に関して大切な精神的、肉体的なアプローチを食事、運動、メンタルケアを通じて発信しています。 Writer:Camellia Mizuki I am an X-gender woman who was awakened to the importance of sexuality by a woman's specific illness. Since then, I've been sharing an essential mind-body approach to sexuality through diet, exercise, and mental health care.”

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