翌日、沙羅はアレクを見送るとすぐに鹿鳴館に向かった。
男装にもすっかり慣れ、新聞を手に忍び込む。
クララ女王がアレクにその名前を授けたのだ。彼女には何かある。
幸い鹿鳴館には人が多く、紛れるのは思ったより簡単だ。
柱を頼りに庭に出て、クララ女王のための控室前にたどり着く。少しだけ窓が開いており、そこから声が聞こえて来た。
沙羅は植え込みに体を隠し、息をひそめて聞き耳を立てた。
「もう疲れたわ」
クララ女王の声だった。
「伯爵と結婚してもう8年。夫は私を抱く気がない。今日も私の留守を良い事に、外で愛人と遊んでいるのでしょう。どうせ王国は滅んで大英帝国に組み込まれる。夫もその時は私の財産とミストウィルドの国土を手土産にミストウィルド公爵にしてもらうつもりでしょう。そうなったら子供がいなくても良いものね。産まれたらむしろ迷惑なんでしょう」
「伯爵のことはどうでも良いのです。女王殿下のことが心配ですわ」
「ふっ、陛下にはなれない中途半端な統治者。女王なんてお飾りだわ」
クララは自らをあざ笑うようにすると窓によってきた。
近くに彼女の香水が香り、沙羅は身を小さく小さく折りたたんで膝を抱え込む。幸いばれていないようだ。
その時、侍女が手を打ち明るい声を出す。
「そうですわ、ここは東洋、神秘の国です。1000年以上の歴史ある精霊の宿る国ですよ、何が起きても不思議ではありません」
「どういうこと?」
「子供さえ出来れば王国も、王家も、女王殿下も安泰なのです。伯爵こそただのお飾りになってもらいましょう」
しん、と空気が止まった。
沙羅は一瞬何のことか分からなかったが、子供さえ出来れば、の一言に嫌な予感がした。胸がざわつく。
「……そうね。シルビア、あれを用意して」
「かしこまりました」
侍女の足音が遠ざかっていく。それから数分後、侍女が戻り、話が続けられた。
「長崎で仕入れた秘薬ですわ。本当に使うことになるとは思いませんでした。それで、どなたに?」
「決まっているでしょう。私のアレクサンダーに」
「はい」
何やら危うい気配が漂っている。
(使う?一体何を……まさか毒なわけないよね?)
止めなければ、と沙羅は思ったが、この日沙羅は鹿鳴館に呼ばれていない。目立たないようにしなければ。
廊下に戻り、侍女の行方を追ったが次々現れる人の波に押され、彼女の姿を見失ってしまった。
侍女は20代と思しき、レンガ色のドレスを着た女性だ。
鹿鳴館では珍しくもないため、ついすれ違う女性を何度も振り返って確認してしまう。
(どうしよう。でもアレクは3年は生きるはず。なら毒ではないのかも……)
そう必死に考えを整理しながらも、侍女を必死で探した。だが、どこにもいない……沙羅が息を切らして駆けずり回る。
そして侍女の姿をようやく厨房で発見し、様子を見ようとしたが次に現れた人物にまた隠れる羽目になった。
エドマンド侯爵である。
「また何か企んでいるのか?」
「嫌な言い方ね、お前は黙ってみていなさい。これが私たちの運命を握っているのよ」
「止めるつもりはない。だがこういうことは万全にやらねば。どこに何が潜んでいるかわからない場所だぞ」
沙羅は首がぎちぎちに固まるのを感じたが、彼らの様子の方が大事だ。
それに、侍女にしては侯爵に対してけっこうな口の利き方である。
「王家存続のために必死だな、おばあ様」
「お前の為でもあるのよ、エドワード。かわいそうな子。黙っていれば侯爵の地位も財産も全てお前のものになるのだから」
(彼が孫?同い年くらいにしか見えないのに……)
「母上の願いであって、私の願いではない」
「ならお前は何を求めているの?」
「さあ。最近なら、彼女は気になる。ノクターンの妻」
(えっ!?)
名前が出たことで、沙羅は心臓が飛び出そうなほどに跳ねた。
すると侍女が鼻で笑う。
「変わった趣味だこと。まあでも、彼女を惹きつけておいて。その方が女王様にも丁度いいから」
ちらっと中を見ると、侍女はエドマンド侯爵の顎を掴んで不敵な笑みを浮かべていた。
「その顔で落ちない女性はいなかったでしょう。エドワード、人妻狂いと呼ばれて何年経つの?我が子孫ながら恥ずかしいわ」
「その割には誇らしげだ。好色なのは父に似たのだろう」
「上手くやるのよ。なんなら離縁に追い込んで」
ドッドッ、と心臓が落ちそうなほど強く打っている。
恐ろしい話を聞いた気分だ。
(離縁?私とアレクが?今の会話は一体何?)
足が震えてきたが、彼女たちを止めなければならない、そんな気がする。
「お茶会にアレクサンダーを呼び出しているから、そこでこれを使うわ」
侍女はガラス瓶を取り出した。
(あれを阻止しなければ)
沙羅は慌ててドレスに着替え、新聞を風呂敷に包んだ。
鹿鳴館を歩き、アレクを探す。
(今日は何も口にしないよう伝えなくちゃ)
自然と足早になり、すれ違う紳士が沙羅を振り向いた。
しまった、落ち着きがないと思われる、と沙羅はペースを落とし、息を整える。
いわゆるアフタヌーンティーを楽しむ婦人たちをしり目に歩く、彼女たちも華やかなドレスを着ながら額に汗を結んでいる。
彼女たちも同じ人間なのだ。何も自分を卑下する必要などない。
背筋を伸ばして庭を歩く――そこにクララ女王、先ほどの侍女、イギリス貴族の男性とアレクを見つけた。
「アレク、忘れ物を……」
そう口から出まかせを言って気を引こうとしたその時、さっと手首が掴まれた。
「!」
「シーッ、レディ。女王の邪魔をしないでいただきたい」
エドマンド侯爵。沙羅は彼の胸に飛びこむ恰好になり、慌てて体を離した。
「失礼した。殿下に無礼があってはならないから」
「でも、急用なのです。彼に忘れ物を届けに来ただけ……」
「ならば私が代わりに届けよう」
沙羅は手を引いてエドマンド侯爵から離れた。
「大事なものですので」
「……なるほど、気丈な方だ」
エドマンド侯爵はさっと姿勢を正し、杖の先をとん、と地面につける。
背がすらりと高く、均整のとれた体つき。こうしてみるとやはり紳士然とし、甘いマスクがとても引き立つ。
眼鏡の奥で光る青い目は美しいがどことなく暗い陰りがあった。
「だが奥方。今行けばあなたの夫君が恥をかくのだよ。忘れ物をしたなどと、貴族や女王の前で明かされればどうなる?鹿鳴館は日本の威信がかかわっているのだろう?」
沙羅は息を飲んだ。
「そうですが……」
「ほんの少しの時間だ、我慢して」
エドマンド侯爵は沙羅の耳に顔を近づけ、ささやいた。
「彼のためだ。アレクサンダー・ノクターン。良い名前だろう?」
ぞくっと背筋に冷たいものが走る。
(彼は何か知っている)
直感がそう告げた。何か”おかしい”。エドマンド侯爵がすっと顔を離し、沙羅は彼の目を見続けた。
「あなたは一体……」
「多分、君と一緒だ、”奥方”。願いに囚われているだけの存在」
「まさか……」
――私のことも知っている?
その時、ガチャン、と食器がぶつかる音がして沙羅は振り返る。
「アレク……!」
テーブルに座っていたアレクが、胸元を押さえて苦し気に息を乱していた。
侍女が駆け寄って背を撫で、イギリス貴族は席を立つ。
クララ女王は悠然と座り、扇子を広げて優雅に仰いでいた。
侍女によりアレクがどこかへ移動していく、沙羅はエドマンド侯爵を振り返り、彼が何もしないのを見るとそのまま走った。
侍女が彼を連れて行ったのは確かにこの応接室だったはずだが、姿はなかった。
沙羅は辺りを探し回り、廊下を行ったり来たりだ。
「彼がいないですって?」
刺すようなクララの声が聞こえ、沙羅は柱に身を隠す。
「申し訳ありません。応接室に連れて行ったのですが、見つからなくて」
「どこかへ行ったのだわ。早く探して!」
クララは耳がきんとするようなヒステリックな声を出す。
侍女が廊下を走りだし、沙羅はその背中を見送るとちらっとクララを確認する。
彼女は窓によってイライラと足で何度も床を踏み鳴らす。
とても貴婦人には見えない姿だ。沙羅はそれを見ながらも、アレクのことが気になって仕方がない。
(体調を崩したみたいだった……やっぱり毒だったのかしら。エドマンド侯爵に気を取られている内に……)
悔やんでも悔やみきれないことだ。沙羅が気をもんでいると、後ろから肩が掴まれた。
「ひぇっ……」
と悲鳴が出そうになった瞬間、口をふさがれ室内に連れ込まれる。
衣裳部屋だ。ガチャン、と重い鍵が閉められ、いよいよ沙羅を恐怖が襲う――はずだった。
「サラ……なぜここにいるんだ」
背中から抱いているのはアレクだった。すっかり馴染んだ体ににおい、声。
だが、ずいぶん体温が高くないか?
「あ、アレク……?」
ぎゅうっと力強く抱きしめられ、ドレスから乳房が盛り上がって谷間が際立った。
そのまま背中から畳に倒れ込み、気づけばアレクが上からこちらを見ている恰好になる。
「あの、大丈夫?」
「何がだ?」
「体調が悪くなったのでは?」
そう心配する沙羅の肩にアレクは顔を埋め、髪に指を通して髪留めを外していく。
「あの、だめ……」
「なぜだ?」
アレクは沙羅のにおいをかぎ、ドレスを肩からずらしていく。これは怪しい流れではないか?
もぞもぞと脚を動かし、なんとかアレクから離れようとするが上から抑えられては敵わない。
「待って……ここではだめ」
髪がほどけ、ふわふわと胸と背中に流れる。甘い香りが広がり、アレクが吸い寄せられるように髪を追って谷間に鼻を埋めた。
「アレク、ねえ」
「すまないが、待てない……どうしても嫌なら噛んでくれ」
「へっ!?」
抱き起されると後ろに手が回され、腰のリボンが解かれてしまった。お陰で胸元の生地が緩み、沙羅のたっぷりした乳房がこぼれそうになる。
慌てて胸を押さえると、アレクの手が頬や耳を撫でてくる。
「あ……っ」
耳がやたら弱い沙羅は思わず声をあげ、頬を熱くするとアレクを見た。
彼はすっかり顔が赤く、酔った時のように目元を潤ませ、息を荒く口でしていた。
欲情している獣のようだ。
沙羅は心臓が早鐘のようになり、体温が急に上がったが、場所も場所だ。
こんな行為は許されない、と膝を抱いてアレクを見上げる。
なんだか、狙われた子鹿の気分だ。
「アレク、ここではだめです」
「だが、抑えようにも抑えられない」
(長崎、子供、伯爵、秘薬……)
その単語がぐるぐる回る。
長崎……遊郭?いや、遊郭はどこにでもあるだろう、早計すぎる……だが合点がいく気がした。
世継ぎを求める女王が、東洋の秘薬で、恋慕するアレクと。
つまり、媚薬だ。精油の知恵は古くからある。調合などいくらでも出来るだろう。
(な、なんてことを。だからエドマンド侯爵は時間稼ぎを?)
「サラ」
アレクの甘く誘うように低めた声は沙羅の下腹部に火をつけるに充分だが、今はだめだ。
どんなに胸と秘部が疼いても、それは許されない。
「ここではだめです、だめっ!」
アレクの手が胸に伸びる前に沙羅は強めに言った。
それに根負けしたのか、アレクは沙羅をひょいっと抱え上げると、衣裳部屋から出る。
やめてくれたのか、と沙羅は思った。
だがアレクが向かった先は彼の馬車の中であった。
駐車場は薄暗く、誰もいない。これなら誰かに見られることはなさそうだが……沙羅は不安を感じつつも、アレクの行動に従うしかなかった。
沙羅は中に押し込められ、扉が閉まるとアレクはシャツを緩めて胸を激しく上下させた。
「何なんだ、これは……」
「お水を」
「いや、良い。それよりお前が欲しい」
アレクは沙羅を引き寄せ、唾液を求めるように口づけてくる。
「ん……んぅっ」
舌がもつれるくらいに絡み、じゅっと口内の唾液を吸い付くさん勢い。
沙羅もすぐに息を乱した。
アレクは沙羅の目を見ると、苦し気に息を吐いて沙羅の腰のリボンを取った。
「これで私の手首を縛れ」
「え?」
「どうにも、欲情してたまらない。このままだとお前を犯してしまいそうだ。それは望まない」
「で、で……でもっ」
「サラ。無茶苦茶にされたいか?」
アレクの目に獰猛な光が宿り、さすがに沙羅も恐ろしくなってしまった。
言われた通りに彼の両手首をまとめて、リボンで縛る。
「ふぅっ」
と珍しくアレクが声をもらした。彼に跨ったため、太ももが彼のモノに触れてしまったのだ。
「ご、ごめんなさい」
「構わない。とにかく、このまま……おさまるまで待つしか……」
そう彼は言うが、顔は赤くなり、眉をきつく寄せて息もあがっている。
あまりに苦しそうな様子に、沙羅は放っておけなくなってしまった。
ズボン越しにもペニスはすでに形もはっきりと勃ちあがり、シミを作っている。
「サラ、早くここから立ち去るんだ。お前を見ていると余計に……サラ?」
そっ……と沙羅はそれを撫でた。途端、アレクは火に触れたかのように体を跳ねさせる。
「サラ!」
「苦しそうだから……」
アレクの腰を包むズボンを緩め、すでに張りつめて竿全体を濡らしたペニスを手にする。
彼の息が大きく乱れ、のどぼとけが上下するのを沙羅は見た。
髪を耳にかけ、熟れた杏のように色づく先端を舌で撫でるようにして、包む。
(熱い……)
火で熱されたようだ。いつも沙羅の中を貫き、烙印を押すように奥を攻めたてる肉の刀。
どくどくと脈動し、彼がいかに興奮しているのかが手に伝わってくる。
沙羅自身も興奮に熱くなる太腿を寄せ、身をかがめてペニスにしゃぶりついた。
「サラ……!」
アレクが大きく息をし、それと同時に先端が膨張したかと思うと、止める間もなくビュッ!と熱いものが喉の奥にぶちまけられた。ねばっこく、どろどろと喉を流れ、沙羅は唾液を出して飲み下す。
んく、んく、と喉を鳴らして飲み下していると、ペニスが細かに震えているのに気が付いた。
頭まで熱くなり、冷静に考えるのが難しくなってきた。
アレクはさらに顔を赤くし、肩で息をしながら「サラ、もう良い」と言ったが、その声は熱を帯びて沙羅を再び熱くさせる。
まだ不満足なのだ。
ペニスはぴんと勃ち、ぴくぴく震えて愛撫を待っている。
「まだ、残ってる?」
そう聞きながら根本をしっかり握り、揉んで上まで手をずらす――その動きに誘われたように、マヨネーズのように真っ白な精液が先端からどっと流れ出て、沙羅の手を白く汚していく。
アレクは唇を噛んで耐えていたが、絞り出されるとようやく口を解放した。
「……これは夢だ」
「夢……ですか?」
「ああ。あまりに、甘美だ。気がおかしくなりそうなほどに……」
「嬉しい夢?」
「……ああ」
沙羅はぱっと顔を綻ばせた。胸に花が咲いたような心地である。
そのままアレクに顔を寄せ、身動きできない彼に口づける。
「サラ」
「夢なら、楽しんで」
アレクは再び息を荒げ、瞳孔を広げて沙羅を見つめて来た。
彼の目元はねだるように赤くなり、沙羅が再び唇を寄せるとアレクは口を開き、沙羅を迎えた。
ドレスはもう腰まで落ち、乳房がこぼれてしまっている。
開発され、女の悦びを知った沙羅の肉体は貪欲にアレクを求めていた。
収穫を待つばかりのさくらんぼのような乳首は触れられたくてぴんと立ち、中途半端に開かれたアレクのシャツにこすれると、甘い快感が秘部へと運ばれていく。
その度に体が跳ね、アレクの上で淫靡なダンスを踊るようだ。
アレクは器用に腕を広げ、輪にすると沙羅の頭を引き寄せた。
上半身が重なり、汗でしっとりと吸いついていく。
唇が触れ合い、舌で舐め合う。
こんな淫らなSexをするのは初めてだ。
アレクはいつも優しく、沙羅を導くが、彼自身が余裕をなくしたことなどない。
(こんなに興奮してくれてる……)
媚薬のせいだろうが、彼は沙羅を見つめて欲情をはっきりと現し、「ずっとお前とこうしたかった」とかすれた声で囁いた。
「こうって……どのようにですか?」
「むさぼるように求め合いたかった。快楽を与え合うように……だがお前は不慣れだし、嫌がられるかと」
アレクは沙羅の内ももにペニスを擦り寄せ、だらだらとカウパーで濡らしていく。
沙羅もすでに秘部を熱くさせ、ドレスの内側でにちゃにちゃと音を立てている。
ドレスを脱いだらどれだけ大変なことになっているだろうか。
「……いやらしいって、思いませんか?」
「だとすれば、その原因は私だろう?」
「……そうです」
「なら光栄だ。お前に快楽を与えているのは私なのだから」
アレクは沙羅を引き寄せ、沙羅はそれに従って彼の肩に抱き着いた。
彼のペニスが熱く膨張し沙羅の太ももを激しく擦っていく。
カウパーと沙羅の淫な蜜を混ぜながら、アレクの腰がぐいぐいと激しく求める度、馬車がギイギイと軋んだ音を立てる。
真っ赤にふくらんだクリトリスが擦られ、沙羅はその度に「あっあっ」と声をあげ、それがさらにアレクを追い詰めた。
「はあ、また出る……妙だぞ、あの茶を飲んでから……もっとお前を味わいたいのに……」
「構わないで、出してください……っ」
「すまない……っ!!」
アレクの腰にぐぐっ、と力が入った瞬間に、熱いものが一気に放たれ、沙羅の内ももを濡らした。
「……はあ、ああっ」
耳元でアレクが声を出して喘ぐ。耳が熱くなり、彼の熱い吐息がかかるたびに腰があやうげに揺れた。
「んん……っ、アレク……!」
ごぽぽっ、と沙羅の奥深くから淫らな蜜があふれ出た。
絶頂したわけではないが、自分でも驚くほど興奮してしまい、奥が切なく泣くようだ。
「もう……大丈夫だろう……手首を解いてくれ」
「……はい……」
沙羅は言われた通りにリボンを解いた。アレクは手首を振って、息を整える。
二度射精したからか、かなり余裕が出てきたようだ。
沙羅は安堵したような、置いていかれたような気分になった。自分は熱が残ったまま、快楽がじわじわと続きを求めてさまよっているのだから。
内ももに流れる彼の情熱の証を感じ、知らず脚を摺り寄せる。するとドレスがいよいよ座面からも落ちてしまい、足首に残るだけになってしまった。
「あ……」
ドレスを寄せようと身をかがめた時、肩をアレクの手が押さえてくる。
顔を上向かせられると何度目かわからないキスが落ちて来た。
唇が腫れるほどに吸われ、すっと離れると沙羅の口から「ぷぁっ」と妙な声が出た。
「も、もう落ち着いたのでは……」
「そんな姿を見たらもう、抑えが効かない……サラ、もっとお前が欲しいんだ……」
座面から体はずり落ち、ドレスを下に床に寝ころぶ形になる。
アレクは沙羅の脚を開かせ、欲望に濡れていきり立つペニスを蜜口に沈めていく。
「あぁっ!」
コップから水が溢れるように、最後の一押しで愛液がとろとろ流れ出て彼を受け入れていった。
アレクを求めていた中が歓喜に波打ち、ぐっと根本まで押し込められ奥がぎゅっと触れ合う――その瞬間に沙羅は全身をびくびくと震わせた。
「!」
きつく蜜口が締まり、アレクが渋面を作る。だがそれが治まると彼は沙羅の腰を掴んで揺さぶり始めた。
「ま、待って……今、イったの……!」
「待てない……お前の中を、もっと私で満たしたい……!」
ぬちゅっ、ぬぽっ、と激しく音を立ててペニスが出し入れされる。
アレクは獣のように息をし、沙羅の乳房も乳首をむさぼるように舐めまわした。
彼の連日の愛撫ですっかり敏感になった乳首は、あっという間に沙羅を快楽へ導く。
熱い蜜がまた溢れてくる。
「はあぁあっ……また来るぅ……!」
「私もだ……もう出る……出る……!」
ぎゅうっと目を瞑った瞬間、パッと全身が解放され快楽に震えた。
ペニスがずるっと引き抜かれ、熱く粘る精液が飛び出て沙羅の体にまとわりつく。
「あっ……!」
精液が乳房を流れる。
思わず手でそれを追って、自分の指と指に白い液体の橋がかかるのを沙羅は見た。
全身が熱に浮かされているようだった。
馬車の中には二人の熱気と呼気が充満し、酸っぱいにおいが漂っている。
今までの労わるような行為とは違って、性急なSexだったが熱く求め合いアレクとの間にあった遠慮の壁が無くなった気がする。
アレクは最初に沙羅が頼んだ通り、中には出さないでいてくれた。ギリギリで理性を保ってくれたのだ。沙羅はそれが嬉しく、いつか全てが終わったら、その時には、と考えてしまった。
(その時には……?彼は過去の人だから、もし子供が出来たら大変なことかもしれない……)
それに気づくと気持ちがまた沈む。
沙羅はようやく穏やかに鼓動する胸に頭を預け、肩を撫でるその手のぬくもりに目を閉じた。
(……今だけ。今だけ、彼を好きでいたい……)
目じりに涙が浮かぶ。
甘えるように頬を摺り寄せると、アレクが頭を撫でて来た。
「すまなかった」
「え?」
「無理をさせて……いや、違うな。私の欲を押し付けて」
沙羅は上体を持ち上げ、アレクをのぞき込んだ。
冷静を取り戻した目は紺色が深い。沙羅は安堵の息を吐きながら口を開いた。
「何か妙なものでも口にしたのでしょう?お茶がどうの……って」
「やけに酸っぱかったな。いや、それは良いんだ。どちらにせよ……私の本心だ。すまない、私はそれほど出来た紳士じゃないんだ」
普段は我慢しているという事だろうか。
「……」
沙羅は不安になって何も言わず見つめていると、アレクは頬を撫でて、つまんだ。
「呆れただろう」
「そんなことは……あの、いつも……もしかして押さえているのですか?」
「……」
今度はアレクが沙羅の目をじっと見た。
「そ、そうなのですか!?」
「いや!そうだとしても、今回のような抱き方は……良いか、私は、つまり……」
アレクは珍しく慌て、体を起こして沙羅の肩を掴む。
「お前に不満だとか、そういうことではない。先ほども言ったが……もっと慈しむように与え合えたら、と思っていたんだ。だがお前を傷つけたくはないし、いつか関係が進めば自然と求め合えるかと」
「……」
沙羅は胸がきゅーっとなり、また頂点に血が通うのを感じた。
全く貪欲な体になったものである。
何といえば良いか分からず、アレクを抱きしめると目を閉じた。
「私……こういうことに無知で……」
現代女性はどこからともなく情報を仕入れてくるものだ。漫画やゲームや、王道に雑誌、インターネット、と無限に情報源はある。驚いたが明治の女性はかなり大らかで、もしかしたら現代女性よりも知識豊富だろう。
沙羅はモテたことがない。自分には無関係の事と思い、興味がわいてもあまり触れずにいた。
この時代に来てから、さりげなく書物を買い込んで読んだのだが。
「その……でも、求められると嬉しかったです。あなたと抱き合うのは、心地良くて……私、あなたが……」
どうしても続きが言えない。
たった一言、「好きです」がどうしても。
(言えば、この世界に居たくなってしまう。でもそうすると、守屋沙羅は……)
以前なら自分のことは大きな問題ではなかった。
だが今はどうだろう?
自分のことが大切で、好きになってきていたのだ。
サラを通じて、アレクを通じて、この世界を通じて、沙羅は自分自身と向き合い始めていたのだ。
(言えない。そんな無責任は出来ない。彼の事も苦しめることになる)
「サラ?」
「……夫婦ですもの。もっと、信頼できるように……なれたらと……」
「……そうだな。こっちへ」
アレクが沙羅を抱き寄せる。
体から心まですっぽり覆うような圧倒的な温もり。
(サラさん。どうか今だけ、許してください。今だけ……もう少し、ここにいたい)
沙羅はそっとアレクの腕を引き寄せた。
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