「努力すればなんでも叶う」って、本当にそうでしょうか?

「努力すれば夢は叶う」「がんばれば報われる」
そんな言葉に励まされたこと、きっと誰にでもあると思います。
でも、現実はそう単純ではありません。

もちろん、努力は大切です。
けれど、努力だけではどうにもならないことがあるのも、事実だと私は思っています。


運・才能・環境は、やっぱりある

やはり、才能や運といった要素は無視できません。
運をどこまで信じるかは人それぞれですが、生まれ持った素質や、今いる環境、人との出会いと相性によって、人生のルートがある程度決まってくることもあります。

私自身、日本に生まれ、日本で育ちました。
だから、今さら海外の価値観や「自己主張が強くてポジティブでなければいけない」みたいな精神に、まるごと染まるのは正直無理です。
これは「日本が劣っている」とか「海外が優れている」という話ではなく、その土地ごとに根ざした価値観や文化があるということ。
人は、そういった「場所」によって育てられ、形作られていくのだと思います。


優劣じゃない、それぞれの場所に意味がある

誤解しないでほしいのは、ここで言っているのは「環境の優劣」ではないということ。
どんな環境にも、そこにいる人たちの尊厳アイデンティティがあります。

むしろ、その場所にいるからこそ得られる学びや、果たせる役割があるでしょう。

すべての環境に何らかの意味があるのは確かです。


体質も、性別も、できることを左右する

たとえば体力や体質にも、生まれつきの差があります。
女性の身体では、一般的に男性の筋肉量には及びません。
でも、だからこそ女性の身体にしかできないこともある。
もちろん男性も、体格や体質は人それぞれ。得意・不得意は性別に関係なくあるでしょう。

性別もまた、可能性を狭めるものではなく、別の可能性を持っているのだと思います。

大事なのは、「自分をどう活かすか」という視点です。
誰もが自分の理想通りに生きられるわけではないし、予期しないこと、望まない出来事も起こります。

でもその一方で、予期しない奇跡もあります。
「捨てる神あれば拾う神あり」ということわざの通りです。


「理想の自分じゃない自分」もいるけれど

私自身、「もっとこうだったら」と思うことは山ほどあります。

もっと素敵なプロポーションだったら、
別の国に生まれていたら、
違う性別だったら……。
性格にしても、「もっと丁寧な人になりたい」と思いながら、今も面倒くさがりなままです。

私は発達障害があり、特定のことは得意でも、本当に苦手なことも多いです。
たとえば計算は、小学生レベルでも苦戦するくらい。
運動もダメで、身体も弱く、集団行動があると頭痛がするタイプです。

「できるようになりたい」と思って努力したことも何度もあります。
でも、何度やっても無理なことは無理でした。


それでも「やってよかったこと」はある

運動と食生活については、なんとか習慣化しています。
それは、「やった方が体が楽だ」と実感できたから。
少しずつ体力はついてきましたが、それでも人前でパフォーマンスができるレベルではありませんし、スーパー会計士にもなれないでしょう。

つまり、根性だけではなんともならないことは、やっぱりあるんです。


「自分を活かす」ことが人生を変える

でも、それで終わりじゃありません。

大事なのは、「自分自身を活かす」ということ。
「天は自ら助くる者を助く」という言葉の通り、
目の前のことに誠実に向き合っていく中で、少しずつ「得意なこと」「情熱を感じること」「人から求められること」が見えてきます。


得意だけじゃない、「その人の在り方」も才能

たとえば、癒し系の人はその場を和ませる力があります。
エネルギッシュな人は、周囲に元気を与えることができます。
ネガティブな人も、「危機回避能力が高い」や、「人の感情を重視出来る」わけです。

それはスキルや実績とは違う、「その人の在り方」も才能でしょう。


最後に

だから、「努力すればなんでも叶う」なんていうきれいごとは、いったん脇に置いてみませんか?

まずは、あなた自身をしっかり立ててあげること
それこそが、人生を豊かにする第一歩だと、私は思っています。